現代社会に必要な制度設計と文理融合の視点
執筆者:エー・アソシエイツ研究所 代表取締役 荒木義修
初出掲載:2025年6月7日
最終更新:2025年10月11日
【第Ⅰ部】制度やルールを読み解く新しい社会科学の視点
本稿の背景には、ヒュームの「共感」概念以来の合意形成論の系譜があります。
現代社会は、「法律」「制度」「慣習」など、多様な社会の約束ごとによって成り立っています。たとえば、「車は左側通行」「成人年齢は20歳」「相続は平等分配」など、すべて人間同士の合意に基づくルールです。
本ページでは、従来の法律学・政治学・経済学・経営学といった分野を、「約束ごとの社会科学」として再定義し、制度設計の観点から社会を読み解く新しい実践学問の意義を共有します。
● 社会制度とは「自然の法則」ではなく「人間の合意」である
日本では車が左側通行ですが、韓国やアメリカでは右側通行。成人年齢も国によって異なります。これは、こうした制度やルールが自然法則ではなく、人間の合意=恣意的な約束ごとであることを示しています。
ここでは、そうした「約束ごと」という観点から社会を捉える学び方の一つを紹介します。この視点は、あくまで多様な見方の中の一つであり、より良い社会のしくみを構想・設計するきっかけの一つとなれば幸いです。
● 文系と理系の垣根を超える「文理融合」の必要性
近年、「文理融合」という考え方が注目されています。これは、人文社会科学と自然科学を分けずに、現代社会の複雑な課題に統合的にアプローチする新しい学問的アプローチです。
たとえば、社会制度を設計する際には、倫理や正義といった理念だけでなく、科学的知見(自然法則)ばかりでなく経験則や確率的見通しも組み込まれています。そうでないと誰も制度(約束ごと)を守らないからです。すなわち、制度とは文系と理系の融合体なのです。
制度やルールの多くは、自然科学的な法則によって厳密に決まるわけではなく、過去の事例や統計に基づいた“経験則”によって設計されている場合が少なくありません。
たとえば、一般道路の速度制限が40km/hや60km/hと定められているのは、この速度であれば事故の発生率や致死率が比較的低く抑えられるという警察や交通工学の経験則(統計的知見)に基づいた制度設計なのです。
このように、「制度」は単なる技術的な選択ではなく、人間の安全性や社会全体の合意に基づく“約束ごと”としての側面を強く持っているのです。
● いまこそ「約束ごとの社会科学」が必要な理由
地震・気候変動・感染症など、従来の枠組みでは解決できない課題が山積しています。今後は、こうした現実に対応できる新たな制度や社会構造の再設計力=社会科学の進化が必要です。
● 思想・理念は社会制度の「設計図」
抽象的と思われがちな「思想」や「理念」は、実は社会制度の「設計図」です。たとえば「平和な社会を目指す」といった理念に基づいて、制度やルール(目に見えない社会的人工物)が設計されてきたのです。私たちエー・アソシエイツ研究所では、こうした「社会科学=約束ごとの社会科学」の視点から、現代社会に必要な制度設計や政策提言を行って参ります。
📄 関心をお持ちの方は、拙著「約束事の社会科学ープログラム(設計)科学と文理融合論(試論)ー」(『政治社会論叢』2012年第1号<創刊号>)をご覧ください。
▶️【論文の要約】
本論文は、故吉田民人・東京大学名誉教授が2003年に提唱した「プログラム設計科学」という構想から着想を得つつ、その理論的基盤と現代的意義を明らかにするものです。この構想は、気候変動や少子高齢化、経済格差といった複雑な社会課題に対応するため、従来の「分析中心の学問」から「制度設計・社会実装志向の学問」へのパラダイムシフトを目指すことを意味しています。
本構想の中核には、「制度とは自然法則ではなく、人間の合意=約束ごとによって構成された再設計可能な人工物である」という考えがあります。経済政策や法制度、企業経営における理念や計画もすべて、望ましい社会を実現するための“プログラム”と位置づけられます。社会科学の役割は、単なる現象の観察ではなく、制度やルールの構想・設計を含む実践知にあります。
この視点は、経済学・経営学・法学・政治学などの従来の社会科学に加え、自然科学、哲学、倫理学の知見を横断的に統合します。とくに、この構想は、東京大学名誉教授・吉川弘之氏が提唱した「俯瞰型研究プロジェクト」(従来の縦割り的・専門分化された知を越え、社会課題を構想的・全体的に捉える研究哲学)から強い影響を受けています。また、吉川氏の思想を引き継ぎつつ、新しい科学論の展開を試みた吉田民人氏(社会構想学)の理論的示唆も、本構想の背景に強く反映されています。
本構想で提示される「マスター・プログラム」は、社会の価値判断や理念を統合する上位概念であり、そこから個別制度が設計される枠組みを示しています。「約束ごとの社会科学」は、制度を人間が創り直すという思想に立脚し、未来社会の設計に資する新たな知の体系として展開が期待されているのです。
制度設計とは“約束事”か“プログラム”か?
吉田民人氏は、社会を成り立たせる基本的な仕組みを「約束事」と「プログラム」という概念で捉えましたが、両者を厳密に区別せず、ほぼ同義的に用いることが少なくありませんでした。
これに対して、エー・アソシエイツ研究所は、「人間がどう生きるべきか」という価値判断(マスタープログラム)=約束ごと(promise)と、それをどう実現するかという仕組み=プログラム(program)を峻別する視点を導入することで、理論の整合性と体系性を高める試みを行っています。
この区別を導入することにより、「約束ごとの社会科学」は単なる社会学的な記述枠組みにとどまらず、制度設計の科学=目的と手段を組み合わせて社会を設計し直す学問として、より実践的かつ理論的に洗練されたものとなるのです。
たとえば:
- 「人権を保障する」(約束ごと)→ その実現手段として「憲法」「選挙制度」「裁判制度」(プログラム)
- 「安全な社会をつくる」(約束ごと)→ 「信号機」「交通規則」「保険制度」(プログラム)
約束ごとが“なぜそれを行うのか”を示し、プログラムが“どうやって実現するか”を担うという補完関係にあります。
【第Ⅱ部】社会を構想する経済学ー倫理・制度・分析の融合に向けて
実社会に役立つ経済学への再定義と制度設計論の提案
■ 経済学は制度設計と社会構想に貢献する学問へ
現代の経済学は、数理モデルや計量分析の発展により、複雑な経済現象を論理的に整理・検証する強力な道具を獲得してきました。こうした理論や手法は、政策の妥当性や効果を評価する上で重要な役割を果たしており、現代経済学の大きな成果のひとつです。
しかし一方で、経済政策や制度設計においては、単なる数式や予測だけでは完結しない、倫理的・社会的な価値判断の領域も避けて通ることはできません。
たとえば、消費税10%という数字には、自然科学的な根拠や数理モデルによる最適解があるわけではありません。実際には、高齢化による社会保障費の増大に対応するため、財政上の必要性や、政治的な合意形成の中で「このくらいなら受け入れられる」という判断によって決められた、制度上の“約束ごと”にすぎません。他にも法人税や所得税、資産課税などの増税選択肢がある中で、どれを選ぶかは「誰が、どのくらい負担すべきか」という価値判断に基づく制度設計なのです。したがって、消費税率の設定は、「どれが正しいか」ではなく、「どのような社会が望ましいか」をめぐる合意の問題であり、政治哲学の問題でもあるのです。
■ 現実を捉え直すために
経済学のモデルでは、「市場は効率的に働く」「人は合理的に行動する」といった前提が置かれることがあります。これは経済現象を抽象化し、分析可能にするための仮定として有効な面もあります。
ただし、実際の社会では、人間の行動は感情や文化、歴史的背景に影響されることが多く、制度の効果も一様には現れません。そのため、モデルを活用しつつも、現実の複雑さに向き合う視点が求められます。
■ 経済学を「予測」から「設計」へ
これからの経済学は、世の中の経済の動き(経済現象)がどうなっていくかを予測する、「認識する科学」としての役割を持ちます。
しかし、その予測の仕方は、物理学などの自然科学とは異なります。自然科学は「どんな時も変わらない法則」を使って物事を説明・予測しますが、経済学では、人間社会にあるさまざまな「約束ごとやルール」(シンボル性プログラム)が互いにどう影響し合い、どんな結果を生むのかを見ます。そして、その結果として見えてくる「だいたいこんな傾向がある」という動き(経験則)を、統計などの方法を使って把握していくことになります(経験的一般化)。
経済成長率: 国や地域の経済がどれくらい大きくなったかを示す「経済成長率」は、あたかも普遍的な法則のように聞こえることもありますが、実は「経験的一般化」の一例です。心理法則や経済法則と誤認されたものの多くは、単なる「経験的一般化」命題だと考えることができます。
- なぜ「法則」ではないのかというと、経済成長は、政府が決める政策(税金や公共投資のルール)、企業がどのように投資し、人を雇うかという戦略、そして私たちがどう消費し、貯蓄するかという行動など、人間が決めた多くの「約束ごとやルール」が複雑に絡み合って生まれる傾向だからです。経済法則と誤認されたものの多くは、経済合理的なプログラムやその合成波及効果の数学的表現だと説明することができます。
- 例えば、ある国の政府が「この商品をたくさん作ると、国が補助金を出します」という新しいルール(プログラム)を作ったとします。すると、企業はそのルールに従って商品をたくさん作り、経済活動が活発になり、一時的に経済成長率が上がるかもしれません。しかし、この効果がいつまでも続くとは限りませんし、別の国では同じルールが通用しないかもしれません。また、世界情勢の変化や新しい技術の登場など、プログラム以外の要因も大きく影響します。
このように、経済成長率に見られる「だいたいこんな傾向がある」という動きは、物理法則のように常に不変で絶対的なものではなく、人間社会の「約束ごとやルール」(プログラム)の作動結果として現れる「経験則」(経験的一般化)なのです。経済学が探し求めた「青い鳥=法則」は、実際には身近な慣習や法、倫理などの「プログラム」だったのかもしれません。経済学は、こうした傾向を統計的に分析し、予測を試みる学問だとも言えます。
■構想の知と学際的協働の必要性
経済学がこのような「シンボル性プログラム」に基づく「経験的一般化」を扱う学問であるため、その分析力に加えて、社会を「設計・構築」する能力が不可欠となります。
そのためには、倫理・政治・法制度・哲学などの他分野と協働することが大切な視点となります。経済学が持つ分析力に、社会構想力・制度設計力という「構想の知」が加わることで、単に既存の傾向を認識するだけでなく、「あるべき社会」や「ありたい社会」を主体的に設計し、その実現に向けた具体的なプログラムを構築する「設計科学」としての役割を強化できるでしょう。これにより、経済学はより実践的で人間的な学問へと発展できると考えられます。
なお、弊社では、A型・B型事業所に委託する農福連携事業を重視しており、障がい者支援の現場と連携したボトムアップ型の制度設計にも注力しております。こうした取り組みは、公共財や共有資源の管理を含め、多様なアクターが参画する市民社会論の観点からも意義深いものです。福祉・教育・地域づくりの現場と協働しながら、多様な社会的主体による「約束ごと&プログラム」の共創と運用を目指しています。
本ページで提案する「社会科学=約束ごとの社会科学」の構想は、政策立案や組織設計を支えるトップダウン型の分析モデルと、現場実践に根ざしたボトムアップ型の社会的アプローチを統合しようとするものです。両者が相互に補完し合うことで、持続可能かつ包摂的な社会モデルの構築が可能になると私たちは考えています。
■ 結語
【制度設計を担う主体の一つである】
私たちエー・アソシエイツ研究所では、経済学を「約束ごとの社会科学」として位置づけ、制度や社会ルールの再設計に貢献できる実践知として再定義することを目指しています。
為替市場も株式市場も、自然法則に従って動く「法則科学の対象」ではなく、人間が定めたルール=約束ごとの集積にすぎません。貨幣もまた、自然に発生したものではなく、「これを通貨としよう」という人間社会の合意(約束ごと)によって成立している制度です。中央銀行(たとえば日本銀行)は、その約束ごとに対する信頼性を制度的に担保する役割を果たしていると言えます。
このように、「約束ごとの社会科学」という観点は、制度や仕組みは神から与えられたものでも、自然に決まるものでもなく、私たち自身が作り、問い直し、再構築できるものであるという自覚を促します。
また、私たちがこの構想の背景において重視しているのは、「秩序と自由」「制度と創造性」といった相反する要素の間にある緊張関係です。その対立を単に乗り越えるのではなく、両者の動的な関係性の中にこそ新たな制度的可能性があると考えます。本ページで述べた理論的な試みは、政治家や行政に迎合するのではなく、現場の多様な声をすくい上げ、理論と実践の架け橋を築くための一歩でもあります。
【 社会科学における「観察」と「実践」の一致】
さらに、この「約束ごとの社会科学」の視点に立つと、社会科学における「観察」と「実践」は本質的に同義であると捉えることができます。
たとえば、企業が「経営指針」(経営理念、経営方針、経営計画など)を策定する営みは、まさに社会をより良く設計するための実践的行為であり、それを経営学において学者が探求することは、本質的に同じ営みだといえます。同様に、経済学者が「望ましい経済状態」を実現するための制度設計を研究することも、現実世界での経済活動におけるプログラム設計と切り離せません。
このように、社会科学とは単なる現象の分析にとどまらず、たとえば地球温暖化のような人類がかつて経験したことのない複雑な問題に対して、より良い社会の仕組みを自ら「創り出す」という、実践的な側面を本質的に持つ学問なのです。
【横断的な社会科学プラットフォーム】
そしてこの視点は、経済学だけでなく、法律学、政治学、経営学、社会学といったあらゆる社会科学に共通する土台を提供します。それぞれの分野で異なる理論や枠組みが存在していても、すべての社会制度が「人間によって決められたルール=約束ごと」である以上、本質的には同じ構造を持っていると言えるのです。
この構造的な共通性を軸にすれば、分野間の垣根を超えて、横断的・統合的な制度設計や社会構想の議論が可能になります。つまり、「約束ごとの社会科学」は、社会科学全体を再定義・再統合する思想的プラットフォームにもなりうるのです。
【AI時代の制度設計と約束事の科学】
とくに、制度設計とは「約束ごと(目的)」+「プログラム(手段)」の組み合わせで成り立つという発想は、生成AI時代においてますます重要な視点となります。
AI(人工知能)や自律型システムが社会に深く関与する時代には「何を目指すべきか(社会としての目的や価値判断)」と、「それをどう実現するか(具体的な仕組みや手段)」を分けて考えることが求められます。
こうした考え方は、たとえば次のような議論にも通じます:
・AIの使い方の是非(AI倫理)
・企業や政府がAI活用に際して設けるべきルール(社会的ルールづくり=ガバナンス)
・AIによる自動判断が偏らないようにするための仕組み(アルゴリズム規制)
また、理系の知識(科学・技術・工学・数学=STEM)と、社会の仕組みや倫理を考える文系の知見をつなげる動きも加速しており、この視点はそうした「文理融合」の場面でも大きな意味を持つでしょう。
社会を「人工的につくられた仕組み=人工物システム」として捉え直すことで、私たちは受け身ではなく、設計者として未来に関わる主体であることに気づくはずです。
「どんな社会を望み、そのためにどんな制度を設計するのか」——この問いこそが、これからの社会科学の出発点となるでしょう。
★ 補足 制度と社会秩序のゆらぎを超えて
―「社会科学=約束ごとの社会科学」から見た農業・社会・自然―
【社会秩序はなぜ生まれるのか】
私たちの社会には、法制度や規則だけでなく、慣習・規範・価値観といった「暗黙の約束ごと(ルール)」が深く根づいています。これらの集合が、広義の社会秩序を構成しているというのが、「約束ごとの社会科学」の基本的立場です。
とはいえ、こうした社会秩序がどのように生まれ、なぜ持続するのかという問いは、社会科学全体に通底する根源的なテーマでもあります。ルネサンス以降、ホッブス、ロック、ルソー、アダム・スミス、ヒュームらが「神なき社会秩序」の淵源とは何かという問題として取り組んできたものですが、彼らは、社会秩序が不変の「法則」ではなく、「神」の不在が前提とされた可変的な「約束ごと」(すなわちプログラム)が人間社会の秩序原理であると指摘したと解釈することも可能となってきます。
なお、近年のゲノム科学では、言語や規範形成が特定の遺伝子(たとえば FOXP2 遺伝子)が関わっている可能性が指摘されています。
また、これにより、社会的な規範や制度の形成が、単なる文化的要因だけでなく、生物学的・神経遺伝学的基盤に根ざしている可能性があるという、新たな視点も生まれています。
📄 詳細な理論的議論については、拙著「言語、恣意的約束事、遺伝子-神なき後の社会秩序と進化論(試論)」(共編『政治と言語』愛育出版、所収、第4章)を参照ください。
▶️【論文の要約】
本論文は、近代社会の根幹をなす「制度」や「社会秩序」は、合理的な合意によって形成されているという近代社会科学の前提に対し、進化論的視点と言語学・遺伝子研究の成果を統合することで、制度の起源と持続の仕組みを新たに問い直そうとする試論です。
まず、社会制度を支える“約束事”が実はソシュール的に「恣意的(arbitrary)」であることに注目し、言語と同様、制度もまた自然法則ではなく社会的構築物であると位置付けます。
しかしながら、単なる人為的な取り決めではなく、制度化への傾向が人間の生物学的本能や遺伝的性質(例:FOXP2遺伝子)に支えられている可能性があることを論じています。たとえば、協力・交換・契約といった制度的行動が、実は自然淘汰によって生存に有利な行動パターンとして内面化されたものだとすれば、近代法や契約論の基礎も見直されるべきだというのです。
本稿は、自然科学と社会科学の融合(文理融合)という現代的テーマに正面から取り組みつつ、人間の言語能力・遺伝子構造・社会制度との関係を横断的に読み解くことで、社会秩序の“自然的根拠”という新たな地平を拓く一つの視点を提供してくれます。
【制度設計と社会的選択の課題】
制度は社会的合意を基礎としつつも、常に最善の選択肢が得られるわけではありません。制度の運用(プログラム)においては、副作用や意図せざる結果が不可避であり、それ自体が新たな社会問題を引き起こすこともあります。
このような現象は、公共選択論や進化経済学における基本的知見でもあり、制度とは試行錯誤と適応を繰り返す「進化する存在」であるという視点を共有させます。
たとえば、「農学栄えて農業滅ぶ」という警句的表現に象徴されるように、かつての日本の高度経済成長期における化学肥料・農薬の大量投入は、生産性の向上と引き換えに土壌劣化や水質汚染、健康被害といった副作用を招きました。
制度が「秩序」を生む一方で、地域社会や生態系との不調和を引き起こすことがあるという点において、制度設計には常に「揺らぎ」が伴うのです。
【自然哲学の再評価と農の再定位】
こうした背景を踏まえ、近年の農学では、「自然哲学」に基づいたアプローチが再評価されています。これは、機械的な技術導入に偏るのではなく、生態系のリズムとの調和や地域社会との共設計を重視する立場です。
農業とは単なる技術や産業ではなく、「自然と人間社会の関係性をどのように構築し直すか」という、社会哲学的・制度設計的な課題でもあるのです。
【持続可能な制度への視座】
現代の農業をめぐる課題──環境負荷、農村の高齢化、耕作放棄地、地域経済の衰退──は、制度・技術・社会の関係性を問い直す必要性を浮き彫りにしています。
「社会科学=約束ごとの社会科学」は、こうした複雑な現実に対して、持続可能かつ包摂的な社会モデルの構築を目指すものです。
この視点は、進化的政策評価や社会的選択理論とも接続され、技術と制度と価値観の“共進化”を見据えた学際的実践として展開されています。
📄 詳細な議論については、前掲「約束事の社会科学ープログラム(設計)科学と文理融合論(試論)ー」をご参照ください。
▶️【解説】本稿では、制度設計の現実を、理想論から距離を取りつつ、進化論的・複雑系的視点から読み解き、以下のような視座が提示されています:
- 制度や社会的ルールは、合理的な選択の結果というよりも、偶然的経路依存性や歴史的制約の中で形成される。
- 複数の制度や理念の矛盾・衝突は避けられず、それが社会問題をさらに複雑化させる。
- 技術革新だけでは解決できない「制度の衝突」が、レジューム・コンプレックス(例:ウミガメ混獲問題)として顕在化している。
- 真に重要なのは「最善」ではなく、「現状をいかに改善するか」という実践的制度設計力である。
- 民主主義においては、制度選択は“政治的選択”として行われ、≪最善≫ではなく「政権交代を通じた社会的進化」の中で進む。
つまり、制度とは万能の設計図ではなく、試行錯誤と社会的選択のプロセスそのものである、というのが本稿の根本的立場です。
未来の社会を構想するためには、「何が正しいか」ではなく、「どのような制度が合意され、動くか」を問い直すことが大切な視点となってきます。
【思想的系譜】
本稿で用いる「約束ごとの社会科学」という表現は、筆者が2012年に公表した論考において初めて提示したものであり、吉田民人氏の「プログラム設計科学」と響き合いながら発展してきた概念です。その思想的背景には、ヒュームの「共感」概念、アダム・スミスの『道徳感情論』、そしてハバーマスの間主観性論や公共圏論など、長い知的系譜を汲む流れが認められます。
さらに近年では、共感に関わる遺伝的要因をめぐる研究成果(Springer Natureグループの姉妹誌 Translational Psychiatry 掲載)や、共感の多様な側面に対応する脳領域の同定など、人間の社会的行動や合意形成を理解する上で新たな光を投げかける知見も報告されています。
こうした歴史的・科学的知見を踏まえつつ、「約束ごとの社会科学」は、現代社会における合意形成のあり方を探求する独自の試みとして位置づけることができます。
